マリマリおじさんに想いを寄せて

俺はちょっと台湾原住民に詳しいんだ。ちょっとだけ。

学生の時、語学留学ついでで大学の先生に連れられて台湾原住民のパイワン族の村に行ったことがある。ご飯食べさせてもらって、色々お話を聞いて、家とかとんぼ玉見せてもらって、なかなか得がたい機会だった。商売上手な奥さまからとんぼ玉も買った。

そのときに一言だけパイワン語を覚えた。

マリマリ

意味は「ありがとう」。それしか知らない。正しい発音はmarimariなのか、malimaliなのかも知らない。表記は多分ローマ字なんだろうけど、どう表記しているのか、そもそも文字で書くことがあるのかも知らない。なぁ〜んにも知らないけど、マリマリって言葉だけ覚えていた。

ところで、この度久々に個人で台湾旅行に行った。超楽しかった。俺は原住民にちょっとだけ詳しいんだ!と言いたいので、順益台湾原住民博物館とか行ってみた。故宮博物院ミュージアムショップだけ覗いた。そして今回の旅のメインは九族文化村。台湾原住民をテーマにしたアミューズメント施設。超広い。遊園地コーナー(横目に見ながら通り過ぎただけ)、ヨーロピアンガーデン(通ってもいない)もあって人気らしい。

原住民に並々ならぬ執着心を持つタイプの変人なので、台北から日帰りできてひたすら原住民コーナーで写真撮りまくって万物に感謝の祈りを捧げてた。最高。台湾原住民の日本語文献は本当に少なくて、日本統治時代の史料が基礎文献なんだ。目の前に資料があるとか涎でちゃうぜ。ここは首長の家!ここも首長の家!蛇!!壺!!像!!!ここは山を挟んだ東海岸側の首長の家ー!!

一通り騒いで写真を撮ったあと、お土産コーナーへ。とんぼ玉がたくさん売っていた。それなりに日本人も来るとみえ、一部日本語での解説も。ほぼ中国語のできないツレとキャッキャと騒いじまったぜ。

結局誕生月のとんぼ玉を買うことにしてお会計へ。レジは人のよいおじさん。「袋要りますか?」が聞き取れない私に「日本人?」「この時間なら日本語では『こんにちは』か?」なんてことを話しながら袋に入れてくれた。おぼつかない中国語で返事しながら思ったよ、今しかないって。会計を終えて商品を受け取った時、優しくしてくれたおじさんにちゃんとお礼が言いたかった。「謝謝你、マリマリ」。

パイワン族の展示の近くの売店だからっておじさんがパイワン族とは限らない。なんなら原住民ではない可能性もある。パイワン族でも若い世代は原住民語を話せない人もいる。通じなければ通じないでいいと思った。でも、ちゃんと通じた。

おじさん、最初は何を言われたかわからないみたいで固まってたけど、ハッと気づいた後、すっごい笑顔で「マリマリ!ありがとう!」と返してくれた。それはもうすごく嬉しそうに。

中国語もおぼつかない外国人に、(恐らくは)自分の民族の言葉でお礼を言われたマリマリおじさんは何を感じたのだろう。

俺はちょっと台湾原住民に詳しいんだ、日本人の中では。台湾に住むのは本省人系、外省人系、客家系と色々いるけど、原住民族は特に少数の民族で、16民族合わせても確か2%、5,6万人ぐらい。それぞれ言語は異なり、原住民でも違う民族だと通じず、日本統治時代に初めて日本語という共通語ができた。そして恐らく、今もそれぞれの原住民語は台湾の中でもマイナー言語だ。

日本人は多くはないだろうけど、売店のおじさんが挨拶を覚えるくらいには来ている。でもあの驚きようは、きっと今まで日本人にマリマリと言われたことはないんだろう。もしかしたら華語を話す台湾人からもあまりないのかもしれない。

これ以上考えても、日本という国で圧倒的多数を占める日本語を母国語とする日本人として生まれ育った私には本質的にはマリマリおじさんの気持ちはわからないだろう。

ただ、台湾原住民に執着する変わり者の日本人としては、原住民に限らず台湾の人々が日本にもって抱いている、ちょっと信じられないくらいの好感をちゃんと受け止めたいと思っている。

台湾のテレビには日本の番組だけを延々と流すチャンネルが複数ある。街中にあるセブンイレブンファミリーマートに行けば必ず日本のお菓子やお茶が所狭しと並んでいる。道に迷えば必ず誰かが声をかけてくれ、店で発音の怪しい中国語で何かを買えばゆっくり英語や日本語で話しかけてくれる。漫画やアニメだけでなく、日本のアーティストの音楽にも台湾の人は驚くほど詳しい。

日本統治時代の影響は大きい。台湾に神社があるのも、高齢者が日本語を話せるのも、日本統治時代があるからこそ。でもそれはいいことなのかと言われると難しい。そしてよくないこともたくさんあった。

それでも日本のことを愛してくれる台湾に、私たちは何か返せているだろうか。台湾が好き、旅行に行った、行きたいという人でも、安く行けて小籠包が食べられて白菜が見られるところぐらいの受け止めじゃないだろうか。日本統治時代の台湾、戒厳令下の台湾、民主化以降の台湾、それぞれ知ってるだろうか。台湾のエスニックグループを理解しているだろうか。

台湾が好き、美味しいものが食べられて、親日で、人々が温かく迎えてくれる。でももう一歩踏み出して、もっと台湾を知りたい。どうせこれからの時代、日本と台湾は協力していかなくてはならない。かつては自国だと言い張った土地。今はお隣さん。どんな人々が住んでいて、どんな生活をして、どんな考えをもっているのか、ちゃんと知りたい。俺はちょっと台湾原住民に詳しいんだと胸を張って言えるぐらいに。